理系研究者の書評ブログ

30代の化学系の研究者が、読んだ本の書評を書いています。

【書評・要約】『明日の幸せを科学する』〜あなたが想像した未来が訪れないワケ〜

ハーバード大学社会心理学を教えるダニエル・ギルバート教授の著書『明日の幸せを科学する』をレビュー・要約します。 

明日の幸せを科学する

明日の幸せを科学する

 

本書はタイトルこそ怪しげですが、内容は社会心理学です。
将来の自分がどれくらい幸せかを予測するとき、大抵の場合なぜそれが外れてしまうのか。
その謎を解き明かそうとするのが、この一冊です。

残念ながら、幸せになるための具体的な方法が書かれているわけではありません。
人間の脳が未来を想像したり、選択したりする仕組みと精度を、科学で説明した一冊になります。

それでは、ここから本書の内容を簡単に要約したいと思います。

目次

人間が予想する理由

人間の思考のうち、12%が未来に関する思考だと言われています。
そもそも何故、人間は未来を予想するのでしょうか?
未来について考えることは楽しい、或いは、好ましくない未来を防ぐ、ということは理解しやすいです。
実は、もう一つ理由があり、それが最大の理由です。それは、

「これから味わう経験をコントロールするため」

です。
コントロールすること自体が心地いいのです。
コントロールするということは、力を発揮できるということです。

ここで、驚きの実験結果を紹介します。
その実験はある老人ホームで行われました。
学生ボランティアを募り、入所者を定期訪問させました。
老人ホームの入所者を、ボランティアが来る日にちを滞在時間を指定できるグループと指定できないグループの二つに分けました。
2ヶ月後、日にちと滞在時間を指定したグループの方が幸せで、健康で、活動的で、薬の服用量が少なかったそうです。
しかし、悲劇はこの数ヶ月後に起きました。
日にちと滞在時間を指定できたグループの入居者の死亡数が極端に多くなったのです。
コントロールすることで良い効果を得ていた入居者は、実験が終わった途端にそのコントロールを奪われることになってしまったのです。
コントロールを得ることは健康や幸福にプラスに働きます。
しかし、無くすと、はじめから持っていないより深刻な事態を招きうるのです。

我々は頻繁に未来を予測しているにもかかわらず、何が未来の自分を幸せにしてくれるか、見分けることは困難です。
この原因はどこにあるのでしょうか?

未来の予想が外れる理由

脳は実在主義

未来の予測が失敗する一つ目の原因は、脳が勝手に穴埋めや放置をしてしまう事です。
例えば、「車を想像してください」と言われた時、プレートのナンバーまで想像する人は少ないでしょう。そして、車種や色などは勝手に作り上げたのではないでしょうか。

未来に関する出来事を想像するときも同様で、人は未来の自分の反応を予測するとき、脳が勝手に穴埋めや放置を行なってしまいます。
想像しなかった未来の出来事は起こらないものとして扱う、という傾向もあります。

脳が手際良く穴埋めや放置を行うため、我々はその事実に気がつきません。
だからこそ、脳が作り出したものをそのまま受け取り、想像した部分はその通りの未来が展開し、想像しなかった部分については起こらないと考えてしまいます。

これが、未来の予想が外れる一つ目の原因です。

脳は現実主義

二つ目の原因は、現在を基準として未来を想像する事です。
未来の自分の感情を予想するとき、我々は今の気分に左右されてしまうのです。自分が今と違う考えや望み、感情を抱く予想ができません。

これは、脳が想像する時、目や耳で感知できるものを思い描く場合に、感覚領という領域を利用するためです。
想像の中で出来事をシミュレートして、自分がそれにどう反応するかを確かめて予想します。これを予感応と言います。
この予感応は限界があり、脳は基本的に現在の出来事に反応するため、今の感情と予想する感情がごちゃ混ぜになってしまうのです。
天気がいい、悪い、といった些細なことにさえ左右されます。
脳が現在の出来事に反応するおかげで、明日も今日と同じように感じるだろうと、誤った結論を出してしまいます

脳は合理主義

三つ目の原因は、脳が都合よく忘れたり、事実を解釈することです。

悲惨な出来事が起こった時、それは確かに私たちに影響を及ぼしますが、その影響は長く続かないし、それほど大きくもないのです
これは著者が心理的免疫システム」と呼んでいる機構によって起こります。
大きな苦痛に対面した時、我々は明るい見方を探すのです。
また、自分が何かを信じたい場合、その証拠を積極的に探すようになります。
このように、無意識に都合の良い見方をしてしまうのです。

人間は長い目で見れば、したことよりもしなかったことを強烈に後悔します。
これは心理的免疫システムにとって、行動しなかったことを信頼できる明るい見方をすることが困難だからです。

逆に、ひどい失敗には心理的免疫システムが働きますが、ちょっとしたミスの方が明るい見方をできないことがあります。

例として、写真をプレゼントする実験が挙げられています。
大学生に特別な人や場所の写真を撮影させます。
それを現像させて、特にお気に入りの2枚を選択させます。
一枚は持ち帰っていいですが、もう一枚は提出することを求めます。
ここからが実験です。
数日以内なら写真を変更できるグループと、いったん選んだら変更できないグループに分けます。
写真を選んだ後、どちらの満足度が高かったでしょうか?
答えは変更できないグループです。
変更できないグループは心理的免疫システムが働いたため、明るい見方ができたようです。
自由度の低い方が満足度が高い、という意外な実験結果が出たのです。

予測が難しいのは未来の出来事を想像するのが難しく、そのうえ、自分の感情を想像するのも難しいためなのです。

正しい予測をするには?

未来の予測が難しいことは分かりましたが、正しい予測をするにはどうすればいいのでしょうか?

著者のアドバイス「いま経験している人の話を聞け」です。
現在それを行なっている人の現状や感情ならば、予測ではありません。
経験中の人のアドバイスを聞くことが、最も失敗しない未来予想になるのです。

しかし、筆者はそれが困難であることも述べています。

あなたは見知らぬ人のアドバイスを素直に聞くことができますか?
アドバイスを無視して失敗した経験がある人も少なくないでしょう。

それは、私たちがアドバイスを素直に聞けないのは「自分が特別である」と考えてしまうからです。
自分自身を内側から知っているのは自分だけですし、自分を特別だと考えるのは楽しいです。そして、我々はあらゆる人の独自性を過大に見積もる傾向があります。

自分を特別視しないことが、アドバイスを受け止める方法で、そうすることで未来を正しく予想することができるのです。

まとめ

本書では、人間がなぜ積極的に未来予測をするのか、それがなぜ外れるのか、正しい予測をするにはどうしたらいいか、といったことが解説されています。
例示も豊富で、親しみやすい文体で書かれているので、読みやすい一冊です。
(海外の本にありがちな、突然出てくるジョンとマイケルの例え話が苦手な人には冗長に感じるかもしれません)

タイトルから受ける怪しげな印象とは異なり、科学的に面白い一冊です。
ぜひご一読あれ。