理系研究者の書評ブログ

30代の化学系の研究者が、読んだ本の書評を書いています。

【書評・要約】『なぜ心はこんなに脆いのか』〜進化心理学の最新動向〜

うつ病と診断される人は日本でも年々増加しています。うつ病などの精神疾患はなぜ起こるのか、と考えてしまいます。人類が進化する過程で消えてしまっても良いかったはずです。「なぜ自然選択は、私たちを精神疾患に対して脆弱のままにしたのか」という問いに向き合ったのがここで紹介する『なぜ心はこんなに脆いのか:不安や抑うつの進化心理学』です。

著者について

ランドルフ・M・ネシー氏は医学博士で、精神医学や心理学の教授も歴任しました。精神科医としての仕事の経験や苦悩が、本書でのリアルで生々しいエピソードとして語られています。

本書の概要

ネガティブな感情にも有用性がある、というのが本書の核となる重要な主張です。進化の過程で必要であったからこそ、ネガティブな感情も残ったのです。うつに限らず、拒食症や依存症などの精神疾患についても語られています。心理学と進化論を組み合わせた新しい研究分野である進化心理学の知見を余すところなく学べる一冊です。

オススメしたい人

心理学に興味がある人にオススメです。ネガティブな感情に関する考え方が変わること請け合いです。

要点まとめ

ここからは私が興味を持ったポイントをいくつか紹介したいと思います。

情動が存在する理由

進化論的な視点から見て、本書では情動を以下のように定義しています。

『情動とは、ある種の生物の進化的歴史において繰り返し現れる状況が呈する適応上の課題への対応力を強化するように、生理、認知、主観的体験、顔の表情、行動を調整するように特化された状態』

様々な課題における対応力を高める、というのが情動の役割だということです。進化の過程で生存する確率が上がるように様々な情動を人類は身につけてきたと考えられます。

体と心が脆弱である理由

著者は心と体の脆弱性に対して、理由は6つあると述べています。

  1. ミスマッチ──私たちの体は、現代的な環境に対応する準備ができていない
  2. 感染症──細菌やウイルスが私たちよりも速い速度で進化している
  3. 制約──自然選択には限界がある
  4. トレードオフ──体のあらゆる機能には、利点と難点がある
  5. 繁殖──自然選択は繁殖を最大化するのであり、健康を最大化するのではない
  6. 防御反応──痛みや不安などの反応は、脅威を前にした状況では有用だ

ネガティブな情動は有用である

ネガティブな情動は有用である、という考えは本書の中でも最も重要な主張です。下痢が胃腸から毒素を排出する役割を果たすのと同様に、ネガティブな情動にも役割はあるのです。例えば、高いところが怖いという感情は高所からの落下のリスクを小さくします。ネガティブな情動を適度に持っていると生き残る可能性が上がることになるのです。

しかし、過剰な反応となると話は変わります。情動の調整メカニズムが適度に働かない場合、生活に支障をきたします。それはネガティブな情動だけでなく、ポジティブな情動についても同じことが言えます。適度な情動が日常生活には重要なのです。

まとめ

本書では様々なネガティブな感情や精神疾患に対して、進化論から見た視点からアプローチしています。一章一章の内容が濃く、興味のあるところから読み始めるのもありです。私自身も、今後折を見て読み返すことになると思います。

本書の前書きでも述べられていましたが、本書の目的は答えを提示することではなく、提案です。今後、本書の中に誤りが見つかることもあるかもしれません。しかし、難問に挑む著者やその仲間の研究者たちの姿勢には胸が熱くなるものがありました。

ぜひご一読あれ。