理系研究者の書評ブログ

30代の化学系の研究者が、読んだ本の書評を書いています。

【書評・要約】『RANGE 知識の「幅」が最強の武器になる』〜専門特化は危険〜

今回は『RANGE(レンジ) 知識の「幅」が最強の武器になる』の書評・要約をします。

本書の著者はデイビット・エプスタイン氏アメリカの科学ジャーナリストで、TEDでの講演経験もあります。

David Epstein: Why specializing early doesn't always mean career success | TED Talk

13分ほどの長さの講演で、本書の触りの部分を話しています。読書が苦手な方はTED talkを聴くのもおすすめです(英語ですが)。

スペシャリストかジェネラリストか。多くの方を悩ませる問題です。RANGEとは日本語で幅のこと。著者は変化の激しい現代では経験の幅が重要であると説いています。

なお、タイトルに「知識」と入っていますが、勉強や頭脳労働に限った内容ではありません。「経験」という方が本書の内容を捉えていると思います。

本書ではスポーツから音楽、ビジネスに至るまで、さまざまな分野の実例や最新の研究結果をまとめ、経験の幅の重要性が示されています。

ビジネスマンの方はキャリアデザインに、お子様をお持ちの方は子育てに、など、多くの人の参考になる一冊です。

ここからは、本書で読んで私が興味深かった点を要約します。

目次

「親切な」学習環境と「意地悪な」学習環境

まずはじめに、本書では専門特化を完全否定しているわけではありません。
重要なのは内容とタイミングです。

まず環境について、著者は「親切な」学習環境「意地悪な」学習環境があると説明しています。

「親切な」学習環境

「親切な」学習環境は同じパターンの繰り返しや正確なフィードバックのある環境のことを指します。例えば、チェスやゴルフが例として挙げられています。
「親切な」学習環境では、早期の専門特化や繰り返しの学習が有効です。プロゴルファーのタイガー・ウッズは生後10ヶ月でスイングの真似をしていたと言います。チェスでも同様に、早期教育によって超一流の選手を育成することに成功した、という例も挙げられています。
しかし、「親切な」学習環境はほとんどありません。現実は「意地悪」です。

「意地悪な」学習環境

「意地悪な」学習環境はルールが不明確、フィードバックが遅く不正確、といった特徴があります。ほとんどのスポーツや音楽、現代の我々の仕事も「意地悪」ということになります。
同じパターンが明確に繰り返されない分野では、何かを繰り返し行なっても学習にはつながりません。「間違った」経験を積み重ねることで、学びが強化されていくのです。
テニス界の第一線で活躍を続けているロジャー・フェデラーは、幼いころから様々な球技に取り組んだそうです。13歳頃からテニスに惹かれ始めますが、特化したのはもっと後だそうです。

専門特化+「意地悪」な領域が組み合わさると、「よく知っているパターン」に依存しがちになってしまう、という危険性があります。

専門特化するタイミングは?

残念ながら本書の中で、何歳から、と具体的に示されているわけではありません。しかし、音楽学校や大卒者の就職後の活躍の研究例から、いくつか傾向が浮かび上がってきました。そのパターンとは、

体験期間→自分でターゲットを絞る→トレーニン

というものです。

体験期間

まず、様々な分野に触れる体験期間を設けることが大切です。そうすることで、誤った道に進むことを防げます。
人の能力や性質と仕事との相性は「マッチ・クオリティーと呼ばれます。マッチ・クオリティーの高い事柄を選択するためには、様々な経験を積む体験期間を設けることが有効です。
とはいうものの、マッチ・クオリティーの高い目標を見つけることが難しいのも、また事実です。そのため、やり抜く力「グリッド」が時として邪魔になります。グリッドを捨て、方向転換することも必要になってきます。

自分でターゲットを絞る

親から強制されたものは、長続きしにくい、という傾向があるそうです。そのため、体験期間ののちに、自分でターゲットを選ぶことが大切です。

優秀な音楽家は、幼少期に複数の楽器に取り組んでいた経験のある人が多いそうです。最終的に自分で楽器を選ぶことがモチベーションに繋がります。

良いトレーニングに必要な「望ましい困難」

良いトレーニングには「望ましい困難」が必要です。最初は自己流でもよく、困難を経て「徐々に染み込む」ようにトレーニングを積んでいくのが有効だそうです。

では、「望ましい困難」とはどのようなものでしょうか。

  • 生成効果…自分1人で答えを出そうと奮闘すること。間違っていても、その後の学びは強化される
  • 過剰修正効果…自信満々の答えが間違えていた時に正しい答えを学ぶと強く記憶に残る
  • テスト…答えが間違いだと確認できた時点で効果が発揮される
  • 分散した学習…練習しない時間を意図的に設けること。学習→忘れる→思い出そうとする(困難)→定着

そのほかの学習方法として、一つのことに集中して学ぶ「ブロック学習」より、ごちゃ混ぜにして学ぶ「多様性学習(インターリービング)」の有効性も示されています。

  • ブロック学習:AAAA BBBB CCCC DDDD
  • 多様性学習:ABCDADBCADCBCADB

 

「よく知っているパターン」に依存しないために

専門性が高くなってくると、「よく知っているパターン」に依存しやすくなってしまいます。問題解決の時に自分が最もよく知っている方法に引きづられて別のもっと優れた方法を無視してしまいやすくなります。これは「アインシュテルング効果」と呼ばれます。

「よく知っているパターン」への依存を防ぐ方法をいくつか紹介します。

一つ目は「クロス・プレッシャー」です。これは、異なる意見にさらされることを意味します。当たり前かもしれませんが、他人の意見を聞く、自らの意見を述べることが重要です。

二つ目は「意識的にアマチュアになること」です。何かの物事に対してブレイクスルーが起こるのは、別の道にさまよい出た時です。
本書では、研究者の例が紹介されています。金曜の夜や土曜の朝に、平日にやると時間と器具の無駄遣いだと思われたり、メインテーマとは関係のない実験をすることがあるそうです。そのような思いつきで行う実験がブレイクスルーにつながることがままあるそうです。

まとめ

本書では、「RANGE(幅)」の広さの重要性について述べた一冊になります。VUCAの時代を生き残るには、幅の広い人間になることが重要であると説かれています。
ここでようやくした内容以外にも、思考法や組織に関することも記されています。

これからの時代を生き抜くために必読の書だと思います。

ぜひご一読あれ。