理系研究者の書評ブログ

30代の化学系の研究者が、読んだ本の書評を書いています。

【書評・要約】『知ってるつもり 無知の科学』〜認知的分業をするように人間は進化した〜

あなたは自転車の絵を正しく書けますか?水洗トイレのメカニズムを説明できますか?試してみるとわかると思いますが、意外と正しく書けないものです。そんな人間の「無知」に注目したのが本書『知ってるつもり 無知の科学』になります。

著者について

著者はスティーブン・スローマンとフィリップ・ファーンバックの2名。ともに認知科学者です。 

本書の概要

自転車の絵を正しく書けず、毎日使う水洗トイレのメカニズムも説明できないように、私たちは自分が想像するより遥かに無知です。本書ではまず、なぜ人は自分の無知を自覚していないのかを説明します。そして、なぜ正確に知っている物事がこれほど少ないにも関わらず、人々は支障もなく生活できるのか、その謎を解き明かしていきます。終盤では、無知とどのように向き合べきかを説いています。

興味深いのは、無知であることが必ずしも悪いことばかりではなく、それなりの役割がある、ということです。無知そのものではなく、無知を認識しないことこそが問題なのです。

オススメしたい人

科学好きや心理学が好きな人には特にお勧めできます。とても読みやすいので、高校生からビジネスマンまで、幅広い層に読んでいただきたいです。多くの人が楽しみ、そして驚かされることでしょう。

本書は中身は心理学だけでなく、コンピュータ・サイエンス、ロボット工学、進化論、政治学、教育の各分野を横断しています。たくさんの知的刺激を与えてくれる一冊です。

要点まとめ

ここからは、私が興味深いと思った点をまとめます。

人間はコンピューターではない

当たり前のことのようですが、本書を読み解く上でまず理解しなくてはいけないのがこの点です。コンピューターは大量の情報を保持するように設計されていますが、人間の知性は情報を保持するために進化したのではありません。人間の目的は「行動」にあります。人間の知性は多種多様な条件で意思決定を下すために最も役立つ情報だけを抽出するように進化したのです。つまり、コンピューターとは異なり、人間は柔軟な問題解決装置なのです。

知性はシームレス

全ての情報を保持できない以上、全知全能の人間は存在しません。人間は「認知的分業」をすることでこれほど多くのことを達成してきました。各々が農業、医療、工学、裁縫、狩猟、音楽の専門家となり、協力することで、社会生活を営み、世界をより便利に発展させてきたのです。

このような他者と分業するコミュニティで生きるには、自分の記憶の中に保管されていない情報を入手可能か知っておく必要があるのです。私たちの知性は自らの脳に入っている情報と、外部環境に存在する情報とを連続体として扱うような設計に進化してきました。そのため自分が思ったより無知なのは、進化のプロセスによって起こったことなのです。

知識を持っているかより、アクセスできるか

コミュニティができて知識が共有できれば、共通認識が生まれ、共通の目標を追求できるようになります。このようなコミュニティにおいては、自分が知識を持っているかより、知識にアクセスできるか、が重要になります。人間が思いの外無知なのはここにも理由があります。

優れたテクノロジーが多く生まれ、ますます世界は複雑になります。仕組みを理解できないテクノロジーは今後ますます増えるでしょう。知識を持っているという錯覚はますます強くなることが懸念されています。

賢さの定義

これまで、賢さとは個人の知性によるものでした。しかし、前述のように、知性は共有するように人間は進化してきました。そうであれば、集団としての知性が重要ではないか、と本書は提起しています。そうなると、知識をつめ混むことより他者と協力する能力が重要になってくる可能性があります。

そして、集団の知性を分析するためのc因子なるものの研究も進んでいるそうです。もちろん研究は一筋縄では進んでいないようですが、今後の展開が気になるところです。

まとめ

本書は人間の「無知」について扱った一冊です。無知であることよりも、無知であることを理解していないことが問題であるといいます。人間が自分の知識を過大評価するメカニズムが説明されているほか、本書の終盤では科学や政治との向き合い方も述べられています。人間の知性を深掘りした、興味深い一冊でした。

ぜひご一読あれ。