理系研究者の書評ブログ

30代の化学系の研究者が、読んだ本の書評を書いています。

【書評・要約】 LIFE SPAN① 〜老化の原因は老化の原因はたった一つ〜

『LIFESPAN(ライフスパン)―老いなき世界』(デビッド・A・シンクレア、 マシュー・D・ラプラント著)を紹介します。

本書のメッセージは強烈です。

「老化は『病気』であり、治療できる」

 

歳を取るということに対する考え方を根本からひっくり返される一冊です。間違いなく、読んで損はありません。ただし、理系以外の人には少し難しい内容が多いかもしれません(筆者はかなりわかりやすく説明されていますが…)。

 

本書は以下の三部で構成されています。

・過去(第一部):老化について、これまでに判明したこと
・現在(第二部):老化を克服するために現在進行形で行われている研究
・未来(第三部):老化が克服できた時に訪れる未来像

 

今回は、過去(第一部)について要約します。

第一部の結論を一言で言えば、
「老化の原因は一つであり、老化はエピゲノムと呼ばれる遺伝子のアナログ情報が喪失することによって起こる。」
ということです。

 

それでは、より具体的に内容を紹介していきます。
(要約と言いつつ長くなってしまい、だいたい3000字あります)

 

エピゲノムとは?

老化の原因は情報の喪失である、というのが筆者の主張です。

生体内の情報と言えば、アデニン、グアニン、シトシン、チミン(A、G、C、T)で表されるDNAの塩基配列が挙げられます。

言い換えれば、AGCTの塩基配列はデジタルな情報と言えます。

 

実は、体内にはもう一つの情報、アナログ情報が存在するのです。

アナログ情報は「エピゲノム」と総称されます。

エピゲノムとは、親から子へ受け継がれる特徴のうち、DNAの塩基配列そのものが関わっていないものがエピゲノムです。

エピゲノムは本書の超重要キーワードです。

 

それでは、エピゲノムとはどのようなものか解説しましょう。

人のDNAの長さは2mもあります。
これを細胞(数〜数十μm)の中に仕舞い込むために、46本に分割し、「ヒストン」というタンパク質に巻きつけています。
ヒストンに巻きつくDNAは、庭のホースを片付ける時に輪にしてまとめた状態をイメージするとわかりやすいでしょう。ホースの塊が何千個もあるようなイメージです。

このような構造体全体を「クロマチン」と呼びます。クロマチンがさらに折り畳まれたものが染色体です。

DNAのヒストンへの巻きつきを強くしたり弱くしたりすることで、細胞の運命を決めます。

先ほどのホースの例えを使えば、ホースを緩めたり締め付けたりしているイメージです。

DNAの巻きつきが緩むと、DNAの情報を読み取れるようになり、タンパク質が合成されます。
DNAの巻きつきが強くなると、DNAの情報が読み取れなくなり、タンパク質合成の作業が行われません。

全ての細胞には、同一のDNAが収納されています。
ですが、ヒストンへのDNAの巻きつきを、どの部分を強くするか、どの部分を弱くするかによって、作るタンパク質が変わってきます。
これが、我々の体が同一のDNAで多様な細胞を作ることができる理由の一つになっています。

 

ここまでのエピゲノムについてごく簡単にまとめると、

エピゲノムはDNAの収納の仕方による遺伝情報であり、どんな細胞になるか、アイデンティティを決めるもの

である、と言えます。

 

老化の原因はエピゲノムの変化だ!

エピゲノムはアナログ情報なので、変化しやすいという特徴を持っています。
(生物にとり、これは短所であり、環境変化に適応するための長所でもあります)

 

問題は、エピゲノムの変化はDNAをコピーする際にも起こってしまう、ということです。そのため、エピゲノムによって伝えられるアナログ情報は時の流れに弱いのです。
エピゲノムが変化してしまうと、細胞が自分がどんな細胞だったのか、忘れてしまうのです。
混乱した細胞は元の細胞とは違う細胞、例えば癌細胞になったりします。

 

もうお察しの通り、エピゲノムが変化することによって起こる細胞のアイデンティティの喪失が、老化の原因なのです。

 

老化に関わる“サバイバル回路”

なんと、近年の研究で、老化を制御する長寿遺伝子がいくつか発見されました。

 

長寿遺伝子について説明する前に、我々の祖先にあたるであろう太古の生物が身につけたサバイバル回路について説明します。
(サバイバル回路は著者が名付けたものです)

 

サバイバル回路には遺伝子Aと遺伝子Bがあります。それぞれの役割は以下の通りです。

遺伝子A:環境が厳しい時にスイッチが入って細胞分裂を止める
遺伝子B:
①環境が穏やかな時、遺伝子Aの働きを抑制すること(言い換えれば、細胞分裂を促すこと)
②環境が厳しい時、遺伝子を修復すること

少し難しいかもしれませんが、遺伝子AとBの役割を理解することが、本書を読み進め、老化を理解する上で重要です。

 

環境が穏やかな時は遺伝子Aは遺伝子Bがつくるタンパク質Bによって、働きが抑えられ、細胞が増殖できるようになります。

一方で、環境が厳しく、DNAが壊れると、遺伝子Bから作られるタンパク質Bは遺伝子Aから離れてDNAの修復を助けます。遺伝子Aは抑制から解放され、細胞分裂を止めます。

この仕組みが、サバイバル回路です。

 

このサバイバル回路は子孫を残す上で極めて重要です。環境が厳しい時とは、すなわち、DNAが破壊される時です。そのような時に生殖をおこなってしまうと、DNAが正しくコピーされず、子孫を残すことができません。

すなわち、サバイバル回路とは、子孫が生き延びる確率が高い時だけ細胞を複製する仕組みと言えます。

 

過度なストレスが老化につながる

なんと、この太古の生物が作った遺伝子Bの末裔たちが、長寿遺伝子なのです。

 

我々哺乳類の体には遺伝子Bの末裔が複数存在します。

ここからは、本書で最も詳しく説明されている遺伝子Bの末裔、サーチュイン遺伝子について説明します。

 

サーチュイン遺伝子の役割は遺伝子Bと同様です。細胞分裂の制御と遺伝子の修復です。

環境が穏やかな時、サーチュイン遺伝子から作られるタンパク質、サーチュインはエピゲノムの制御を行っています。遺伝子Aを含む、一部のDNAの巻きつきを強くして、DNAの情報を読み取れない状態にしています。
環境が厳しくなった時、DNAの修復を行います。この時、巻きつきを制御する仕事は疎かになります。すると、遺伝子Aが働き始めて細胞分裂がストップします。

 

問題はこの後です。

DNAの修復という仕事を終えたサーチュインはエピゲノムの制御に戻ろうとします。

適度なストレスならば、問題はありません。(むしろ、プラスの効果です。詳細は後述。)

問題となるのはサーチュインが酷使された時です。

DNA修復ばかりを強いられるような激しいストレスに曝されると、エピゲノムを制御するという仕事の方ができなくなります。そして、元の仕事場に戻れなくなったりもします。
こうなってしまうと、本来巻きつけをキツくしておくべきところが緩くなったり、その逆が起こったりします。

そうです。DNAの損傷が激しく、サーチュインがダメージの修復に励みすぎると、エピゲノムの情報が喪失してしまうのです!

エピゲノムが情報を失うとどうなるかは前述した通り、老化に繋がります。

 

この一連の流れを筆者はわかりやすくまとめてくれています。

若さ→DNAの損傷→ゲノムの不安定化→DNAの巻きつきと遺伝子調節(つまりエピゲノム)の混乱→細胞のアイデンティティの喪失→細胞の老化→病気→死

 

裏を返せば、エピゲノムが安定であれば、老化は防げる、ということです。

そのためには、適度なストレスがとても重要です。

 

老化を止めるには、適度なストレスが重要!

適度な刺激はホルミシスと呼ばれています。
毒が毒にならない程度の量で刺激効果を表すことを指します。

適度な刺激であれば、細胞のアイデンティティが喪失することなく、細胞分裂を抑えることができるのです。

そのようなホルミシスの例として、ある種の運動、断食、低タンパク質の食事、低温に体を晒す、などが挙げられます

 逆に、過剰な刺激の例として、タバコ、有害物質、放射線などが挙げられています。

 

まとめ

老化はエピゲノムの情報喪失によって起こり、サバイバル回路を制御する遺伝子B(長寿遺伝子)をホルミシスによって活性化することで、老化を防ぐことができます。

 

ホルミシスとしてどのような刺激が有効なのか、長寿化がもたらす未来に対する考察にについては、こちらでまとめました。 

 それでは!