理系研究者の書評ブログ

30代の化学系の研究者が、読んだ本の書評を書いています。

【書評・要約】『エクサスケールの衝撃』〜衣食住がフリーになる社会は目の前?〜

「超知的マシン」が自身を超える「超知的マシン」を開発し、それが繰り返される…
この時が「シンギュラリティ(技術的特異点)」であると言われます。レイ・カーツワイル氏は2045年に到来すると予言しました。

その前段階として、「プレ・シンギュラリティ」が2020〜2030年に訪れる、と予言したのが本書、『エクサスケールの衝撃』です。本書が上梓されたのは2014年です。著者の斎藤元章氏は2030年頃の間に「プレ・シンギュラリティ」が来ると予言しました。 

エクサスケールの衝撃

エクサスケールの衝撃

  • 作者:齊藤 元章
  • 発売日: 2014/12/18
  • メディア: 単行本
 

 本書で頻繁に登場する「プレ・シンギュラリティ」という言葉ですが、これまでの変化とは比にならないほどの社会的変革、として語られています。

プレ・シンギュラリティで起こることは

  • まず電力がフリーになる
  • 衣食住がフリーになる
  • 労働から解放される

といったことが挙げられています。

このような大きな変革をもたらすのが「エクサスケール・コンピューティング」であると筆者は主張しています。ここからは、その具体的な流れについて説明します

 

「エクサスケール・コンピューティング」とは?

2011年6月にスパコン「京」が完成し世界一の演算性能を叩き出しました。この時の京の演算性能は8.16ペタフロップス(その後性能を向上させて10ペタ以上に到達)でした。

(フロップスは一秒間に倍精度の浮動小数点演算を何回行えるかを表すコンピュータの演算性能単位です)

2014年の本書執筆時、著者はポスト「京」の開発に携わっており、2020年完成予定とされていました。もうお気づきの方もいるかもしれませんが、「富岳」がポスト「京」にあたります。「富岳」の性能はトップパフォーマンスで1エクサフロップス(京の10ペタフロップスの100倍)を記録しました。

富岳で取り組む課題と実施期間は以下にまとめられています。
https://www.r-ccs.riken.jp/jp/fugaku/pi/organizations

どの課題であっても、実現された場合のインパクトは計り知れないものだ、と斎藤氏は述べています。

京ではできなかった演算処理や、数十年かかるような計算を現実的な期間で可能になります。

富岳が稼働する2020年頃から2030年頃を「エクサスケール・コンピューティング」と定義しています。

 

まず電力がフリーになる

このエクサスケールコンピューティングによって、太陽光発電や蓄電池などの新材料の探索、人工光合成の実用化、熱核融合発電の研究開発などの進展が進むと述べられています。

一例を挙げると、今後の太陽光発電において期待されている量子ドット方式太陽光パネルですが、新しい材料を用いたナノ量子構造デバイスに関する基礎物性の確立が求められています。
このような新材料の探索と新原理の実証はエクサスケール・コンピューティングが最も得意とするところだそうです。筆者は2030年までには量子ドット方式太陽光パネルの実用化と量産化が可能になると見込んでいます。

このような技術発展により、エネルギー価格が大幅に低下、最終的にはフリーになると筆者は予測しています。

 

続いて衣食住がフリーになる

電力がフリーになると何が可能になるでしょうか。筆者は衣食住へと考えを進めます。

まず「食」です。
現在でも植物工場で、屋内での野菜の栽培が行われていますが、人工光に頼るため光源に要する莫大な電気代がかかるのが現状です。
ですが、電力がフリーになるとどうでしょう。そのコストは大幅に減少します。自然環境に左右されないため安定した収穫も可能になります。
しかも複数回建てにすることも可能なため、栽培にかかる面積は現在よりも格段に減ります。
野菜を餌にし、フリーの電力を使えば、魚介類の養殖や畜産についてもコストが大幅に低下、フリーになる日は近いと考えられます。

野菜、すなわち植物、加えて畜産もフリーで行われれば、植物繊維も動物繊維もフリーに、つまり服もフリーになります。これで「衣」もふりーになりました。

残るは「住」です。筆者は2014年の時点で、在宅勤務が一般化すると喝破しています。そうなれば都市に住む必要がなくなります。植物工場が普及し農耕地が減少することで、土地の価格が減少、居住するのに十分な土地は無償化それに近い形で得ることができるようになるだろうと考えられます。

 

そして、労働がなくなる

衣食住がフリーになると、労働時間を減らすことができます。むしろ働くことが娯楽になる世界が待っているかもしれないのです。

AIが仕事を奪う、と叫ばれていますが、筆者はその逆を考えており、自動化とロボット化が進むことで生産効率が高まり、衣食住の質はますます改善すると考えています。

 

まとめ

いかがだったでしょうか?こんな未来は来ると思いますか?
私は本書を読んでいて、「エクサスケール・コンピューティング」を万能視しすぎている点、フリーになるまでは国が支援すればいいと筆者が考えている点が気になりました。
ですが、「未来では〇〇は当たり前になっている」という観点で現在の行動をデザインして実現に向かう、ということは非常に大切な思考法だと思います。
そして、こんな素晴らしい未来を作るために日々努力している人がいれば、応援したくなりませんか?

この予言書が描いた未来が訪れるのか否か、「富岳」の活躍に期待しながら、楽しみに待ちましょう。