理系研究者の書評ブログ

30代の化学系の研究者が、読んだ本の書評を書いています。

【書評・要約】『統計で考える働き方の未来ー高齢者が働き続ける国へ』〜老後も働く覚悟はあるか〜

今回は坂本貴志著『統計で考える働き方の未来 ――高齢者が働き続ける国へ (ちくま新書)』を紹介します。

本書はタイトルの通り、さまざまな統計を用いながら働き方の未来を考える本となっています。

格差は実際に広がっているのか、賃金は下がっているのか、年金は無くならないか、仕事は無くならないか、といった疑問に対して、統計データを参照しながら現状分析と将来予測を行なっています。

 

本書のポイントは以下の通りです。

  • 平均賃金が低迷しているように見えるのは、女性と高齢者の労働者の増加が原因。非常に皮肉な結果であり、平均賃金を議論するのはあまり意味がない。名目雇用者報酬は上昇している
  • 働き方改革によって、長時間労働の是正、テレワークの推進など新しい働き方の萌芽している
  • フリーランスも増加している。若者の働き方のイメージが強いが、25〜34歳が28.3万人、65歳以上が113.3万人
  • 働き方改革猛烈な働き方を是正し、生涯現役をさらに後押しするための施策
  • 年金の支給額はおそらく1〜2割減る。老後に贅沢な暮らしをしたかったら、2000万円では足りない。
  • 働き方改革は若者が高齢者を支えるシナリオから、高齢者が自ら働く自助のシナリオへ舵を切った、大きな転換点かも知れない
  • 現場労働は人手不足。AIやIoTが発展しても大きくは変わらないだろう。逆に、手に職をつければ安心というわけではなく、データからは高齢になっても続けられる専門技術職は思いの外少ない
  • 悠々自適な老後を送ることはもはやない。高齢世代も、細く長くはたらき続ける必要がある。悠々自適老後を放棄して、痛みを受け入れる覚悟はあるか。それが今問われている
  • 逆に、イノベーションがなんとかしてくれるだろう、なんて政府が言い始めたら、おしまい

統計データが炙り出したのは、我々への重たい問いでした。

「悠々自適な老後を諦める覚悟はあるか?生涯働く覚悟はあるか?」

 

本書は様々な統計データを用いて、ファクトフルに現在の働き方を見つめ、将来を考えています。
ここでの要約では、十分に根拠を示せていないため、納得できない点も多いかも知れません。
なぜこのような結論に至ったのか、どのような統計データが使われているのか、本書を読んで確認していただければと思います。

本書は、特に20代〜40代の人にぜひ読んでいただきたい一冊です。

ぜひご一読あれ。

【書評・要約】テクノロジーの世界経済史 〜イギリスが産業革命を起こせた本当の理由〜

1700年代後半からイギリスで産業革命が起こりました。
教科書的には、その理由は以下の3つだと言われています。
すなわち、資本、市場、機械化です。

それでは、他の国が産業革命を起こせなかった理由はどこにあるのでしょうか?
革命ほどの規模になっていたかは分かりませんが、技術革新のチャンスは他の国や地域にもあったのです。
実は、その違いは「政府の行動」でした。

この記事では、労働者の視点から見たテクノロジーの分類、労働者の反乱、イギリス政府の行動をまとめます。

目次

テクノロジーの分類

テクノロジーは大きく2種類に分けることが可能です。

労働を助ける技術(労働補完技術)人間の労働に置き換わる技術(労働置換技術)です。

例として、労働補完技術には望遠鏡が挙げられます。
望遠鏡のおかげで、天文学者は多くの天体を観察できるようになりました。
言い換えれば、望遠鏡は天文学者の仕事を助けてくれたのです。

労働置換技術の例には、自動織機が挙げられます。
自動織機はイギリスの産業革命で爆発的に広がりました。
自動織機は、それまで手で織っていた人々の仕事を奪ってしまいました。

ある人にとっては労働補完技術でも、別の人にとっては労働置換技術、といった場合もあります。

ある技術が誕生した時、労働補完技術なのか労働置換技術なのか、
を考えることは、その技術がどのように発展するかを見極める上で非常に重要な視点となります。

労働置換技術に対する労働者の反乱

技術の発展は、誰もが歓迎する事態ではありません。
特に、労働置換技術の場合は社会的な不安を引き起こします。

織機の改良によって起こる産業革命のきっかけの一つは、イギリスのジョン・ケイが飛び杼を発明したことだと言われています。
飛び杼は生産性の大きな向上をもたらす発明でした。
しかし、この技術はなかなか受け入れられませんでした。
熟練の織工の仕事を奪う「労働置換技術」だったからです。

このように、労働置換技術は労働者の反発、或いは失業を招くことになるのです。

時の権力者たちは、労働者の反発や失業を恐れました。
歴史を紐解けば、その例は枚挙にいとまがありません。

ローマ皇帝ウェスパシアヌスカピトリーノの丘まで円柱を運び上げるにあたり、円柱を運ぶ機械を拒絶しました。
民衆を養えなくなってしまうからです。
この事業には数千人の人夫が必要でした。
円柱を運ぶ機械は民衆から仕事を奪い、社会が不安定化する危険性がありました。

また、エリザベス1世はウィリアム・リーが発明した靴下編み機に特許を与えませんでした。
靴下編み機が普及すれば、失業が増えると恐れたためです。

大幅な省力化につながる起毛機もヨーロッパ各地で禁止されています。
禁止しなかった都市では必ず暴動が起きたそうです。

産業革命以前の権力者は、技術の進歩よりも社会不安による政権の転覆を恐れ、技術進歩を抑え込むことで社会の安定を選択したのです。

イギリスが産業革命が起こせた理由

産業革命以前の権力者は、どちらかといえば労働者の味方でした。

実は、産業革命期のイギリス政府は労働者でなく機械化の側についた初めての政府だったのです。
これは、商工業者など産業資本家階級が政治的な影響力をつけたためです。
イギリスの貿易における競争優位性を保つためには、機械化による効率の改善が欠かせない、と当時の権力者は判断しました。

産業革命期、イギリスでも労働者の反乱は起きました。
機械を破壊したり、工場に火をつけたりしたのです。

それに対して、イギリス政府は1769年法を制定し、機会を破壊したものは死刑に処すと定めたのです。

しかし、暴動はなかなか鎮まらず、1810年代には労働者の暴動として有名な『ラッダイト運動』も起こります。
イギリス政府は、軍隊を出動させる、30人以上の運動家を絞首刑に処すといった強行姿勢で臨み、反乱を鎮静化しました。

 

まとめ

イギリス政府が貿易の競争優位性維持のために機械による生産性向上を指向したため、機械の味方をし、労働者の反発を力づくで抑え込んだ。
これが、イギリス政府が産業革命を起こせた理由です。

さて、それでは現代ではどうでしょうか?
日本では、タクシー業界を守るためにウーバーなどのライドシェアが広まっていません。
誕生した技術が社会実装されるか否か、政府の動きが非常に重要になってくるのです。

今後、AIが人間の仕事を奪うと言われています。
しかし、AIを導入しなければ、生産性の向上が遅れ、競争に遅れをとることになります。
日本や各国政府がテクノロジーに対してどのような判断を下すのか、
歴史と照らし合わせながら注視していきたいものです。

 

参考文献

本記事は『テクノロジーの世界経済史 ビル・ゲイツパラドックス』を参考にしました。 

本書はテクノロジーの発展が経済に与えた影響を論じています。
歴史を学ぶことで、未来を考えるための知恵を授けてくれる一冊です。

テクノロジーが社会実装されるために必要なのはどのような要素か。
テクノロジーが経済にどのような影響を与えてきたのか。
同じ労働置換技術であっても、反乱が起きる場合と起きない場合があるのは何故か。

テクノロジーを基軸として経済を学ぶことができます。

ぜひご一読あれ。

【書評・要約】青砥瑞人著『BRAIN DRIVEN』〜脳を理解して自分を高める〜

青砥瑞人氏の著書『BRAIN  DRIVEN パフォーマンスが高まる脳の状態とは』をレビュー・要約します。
著者の青砥氏は株式会社DAncing EinsteinのCEOで、UCLA神経科学を学んだという経歴の持ち主です。

DAncing Einstein - Applied Neuroscience for Human Wellbeing and Learning 

本書はモチベーション、ストレス、クリエイティビティを神経科学の視点から解き明かし、日々のパフォーマンス向上に寄与することを目指した一冊となります。

脳の部位の名称をはじめ、学術的な用語も多いですが、ほとんどを読み飛ばしても内容の理解にはほとんど問題ありません。
脳の機能を非常によく理解できることに加えて、日常生活に生かすヒントも満載です。
本書で説明されているトピックは3つで、モチベーション、ストレス、クリエイティビティになります。
脳でどのようなことが起こっているか、学術的な説明はとても興味深かったです。

ここでは、モチベーションの部分について、要約したいと思います。

目次

モチベーションとは何か?

モチベーションの定義

モチベーションを神経科学の視点から定義すると以下のようになります。

脳の高次機能または学習に関わる行動を直接的に誘引する、体内及び脳内の変化を認識した状態

つまり、何か「刺激」があり、それを受けて体内の環境が「変化」し、それを「認識」した状態がモチベーションということになります。
モチベーションが高い、とか、低いというのは自分に気づいてこそ起こる変化なのです。

当たり前のようですが、まず、ここをしっかりと理解しておくことがモチベーションのコントロールにはとても重要です。

自分を俯瞰する「メタ認知

このように、自分を俯瞰視、客観視した認知状態をメタ認知と言います。
メタ認知はモチベーションだけでなく、社会性や生産性にも深く関わる心理学の用語です。

自分を知る、というのはできて当然だと感じるかもしれません。
ですが、普段通勤・通学する道の電柱の数を覚えている人はいないでしょう。
それは、注意を向けていないからです。
意識的して自分に注意を向けない限り、自分の情報は脳に書き込まれません。
脳の神経回路を維持するのはたくさんのエネルギーが必要になるため、使われない神経回路は失われてしまうからです。
日常の中で当たり前にメタ認知を実行するには意識的に自分を観察する癖をつけることが必要になります。

このメタ認知の重要性はあとにも出てきます。

モチベーションに関わる神経伝達物質

それでは、ここでモチベーションに関わる神経伝達物質を紹介しましょう。
モチベーションに大きく関わる神経伝達物質は2つあります。

ドーパミンノルアドレナリンです。
どちらも我々の行動を誘導するとともに、パフォーマンスにも影響を与えます。
この二つの神経伝達物質は並列関係ではなく、

ドーパミンは行動したり情報と接する前に、
ノルアドレナリンは実際に情報に接し行動する時に、

放出されます。

ドーパミンの役割

ドーパミンは好奇心をもったり、何かをやってみたいと思ったりしているときに出やすくなります。

ドーパミンは基本的は何かを「探し求める」時に放出されると説明されます。
ドーパミンは数ある情報の中から意図しない情報を減らしています。
一点集中するために重要です。

また、ドーパミンが発露するとβエンドルフィンが作られやすくなります。
βエンドルフィンは脳内アヘンとも言われる快楽物質です。
「もっと行動したい!」という快感を生むのがβエンドルフィンです。

ノルアドレナリンの役割

ノルアドレナリンは闘争・逃走本能に役割を果たす交感神経と連動して放出されることが多いです。心拍数を上げたり、脂肪細胞からエネルギーを放出する効果があります。
追い詰められて「火事場の馬鹿力」を出したりするときに放出される脳内物質です。

ノルアドレナリンはあらゆる情報に対して認知性を高めます。
対象シグナルへの注意や記憶定着率を高めてくれるポテンシャルがあります。

ノルアドレナリンが発露すると、コルチゾールと呼ばれるストレスホルモンが作られやすくなります。
「もうやめたい…」という感情を生むのがコルチゾールです。

ドーパミンノルアドレナリンで最高のモチベーションに

ドーパミンノルアドレナリンのバランスがモチベーションには非常に重要です。

1. ドーパミンが少なく、ノルアドレナリンも少ない場合

「惰性」の状態で、パターン行動を繰り返したり、新しい行動をしていない状態です。
最もモチベーションの低い状態になります。

2. ドーパミンが少なく、ノルアドレナリンが多い場合

嫌々何かをやっている状態です。誰かに言われてやっているような状態です。
闘争・逃走本能が強く働いてしまうため、「もうやめたい」という感情が生まれやすくなります。
つまり、継続が困難な状態です。

このモチベーションの状態が過剰に繰り返されると、うつ病などのストレス疾患を誘引する可能性が高まります。

3. ドーパミンが多く、ノルアドレナリンが少ない場合

自分から望んで刺激や情報に向かう状態です。
初期の学び、無知な状態に起こりやすいモチベーションの状態です。

いい状態のように思えるかもしれませんが、この状態は長くは続きません。
新しい学びを手に入れるとき、困難であればあるほどポジティブなフィードバックを得たり、快の体験を味わうことは少なくなります。
目の前の情報が理解できないことは脳にとってはストレスフルです。
この場合、快楽物質βエンドルフィンは合成されにくいのです。
そのため、集中力を高めようとしてノルアドレナリンが誘因され、それでもうまくいかないとコルチゾールなどのストレスホルモンが誘引されてしまいます。

単にドーパミンによって行動を起こすだけでは、継続が困難なのです。
そして、いつしか「やらされている感覚」が強くなり、2の状態に陥ることが多いのです。
三日坊主になってしまうのは、これが一つの原因だと思います。

この状態から、次に説明する4. ドーパミンが多く、ノルアドレナリンも多い状態に移行することが重要なのです。

4. ドーパミンが多く、ノルアドレナリンも多い場合

最もモチベーションの高い状態です。

挑戦し続け学びに変えるためには、ドーパミンノルアドレナリンの両方が必要なります。
自ら望んで挑戦してドーパミンが出ている状態に、ノルアドレナリンの効果を足すことで、私たちは学びや成長を加速する最高のモチベーションへと到達できます。

新しいことに挑戦するときは、どうしても自分のできないことや足りないことに目が行きがちです。
うまくできないとストレスが溜まるのは当然の反応です。

ですが、βエンドルフィンにはストレス状態を緩和して平衡状態に戻す働きもあります。
(ストレス状態を平衡状態にもどすことをホメオスタシスと言いますが、この記事では詳しく説明しません)
失敗を成長への栄養素と捉えるとき、ネガティブな感情がポジティブな感情に変わります
自分が成長したことを実感することで、新しい試みへの希望を高めることで、さらにドーパミンが放出されます。

成長を実感することが、ドーパミンノルアドレナリンの両方を利用する上で大切なのです。
モチベーション維持のために、精神論として物事を明るく捉えることが唱えられることがありますが、神経科学的にも正しいと言えます。

 

モチベーションを高めるには

モチベーションを高めるには、ドーパミンを放出することが大切です。
そのため、成長を実感するために良いところを見つけることが大事になります。

ところが、人の脳はネガティブな情報に敏感です。
それは、危険を避けるために重要だからです。
そもそも、人間は「できないところに目が向かいやすい」性質を持っているのです。

だからこそ、意識的に良いところを見ていくことが重要なトレーニングになります。
「いいとこ探し」は高次の脳機能であるため、意識的に学習する必要があります。

これはまさしく、前述のメタ認知です。
使わなければ、失われてしまいます。
高いモチベーションを維持するために、まずは自己観察から始めることをお勧めします。

まとめ

本書『BRAIN  DRIVEN』はモチベーション、ストレス、クリエイティビティを神経科学の視点からまとめた一冊です。
青砥氏は「脳科学神経科学レクチャー」を主催していて、その内容をもとにまとめたのが本書です。

私も参加したことがあり、一般で10000円弱するのですが、本書はソフトカバーで2500円以下です。
脳科学神経科学レクチャーの方がマニアックな話もされていましたが、さわりだけ理解するには本書で十分です。
レクチャーの内容をこんな価格で本にしてしまって大丈夫?と思ってしまいました。

青砥氏が集中力について語った一冊についてもレビュー・要約しています。ご覧いただけると幸いです。

dadada-business.hatenablog.com

こちらも併せて、ぜひご一読あれ。

【書評・要約】『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』〜ストレスを味方につける方法〜

スタンフォード大学の健康心理学者、ケリー・マクゴニガル著『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』をレビュー・要約します。 

現代人の大敵であるストレス。
実は、見方を変えるストレスは役に立つ場合もあるのです。
ちょっとの考え方の変化でも劇的な変化をもたらします。

本書はストレスに関する思い込みを解消し、新たな指針を示してくれる一冊です。
ここでは、ストレスに対する考え方が及ぼす影響についてまとめます。

考え方を変えるだけで、ストレスに強くなる

ここで紹介するのはストレスに対する考えからを変えるだけで健康問題が解消し、仕事の効率がアップしたという実験の結果です。

この実験はとある世界的金融機関で2008年の金融危機の最中に行われました。
なぜ金融機関かというと、金融業界に就職した人たちはなんと全員が10年以内に、不眠症アルコール依存症うつ病など、燃え尽き症候群と関連のある症状を最低一つは発症していた、という研究結果があるからです。

さらに2008年は金融危機によってさらに過酷な状況でした。

とある金融機関で働く388名の従業員を対象にして、介入実験が行われました。
無作為に3つのグループに分け、ストレスに関する異なる講義を聞きました。

  1. ありがちなストレスマネジメントのオンライン講義。
    ストレスは体に悪い、ということを強調した内容。
  2. ストレスは味方だ、という講義。
    ストレスは体の回復力・集中力を向上させて人との結びつきを強める、という内容
  3. 講義を受けない

なんと、2の講義を受けたグループの従業員は不安症やうつ病の症状があまりみられなくなりました。
また、腰痛や不眠症などの健康問題も減っていました。
一方で、集中力や仕事の生産性などには向上がみられました。

彼らのストレス環境が改善されたわけではありません。
1や3のグループにはなんの変化も見られませんでした。

このように、短期間の介入が、人々のストレスについての考え方や受け止め方に長期的な変化をもたらす可能性があるのです。

人生が変わる「マインドセット効果」

マインドセットとは、自分の中の思い込みのことです。
マインドセットがストレスを始め、人生に大きな影響を及ぼします。

例えば、年齢を重ねることを最もポジティブに捉えていた人たちは、心臓発作のリスクが80%も低かった、という結果があります。

また、日々の仕事がいい運動になる、と伝えられたホテルの客室係は体重と体脂肪が減少し、血圧も低下したそうです。それも、自分の仕事が以前よりも好きになる、というおまけ付きです。

このように、「二つの効果が想定される場合、その人がどう思っているかによって、どちらの効果が表れるか決まる」と考えられています。

このような思い込みの効果はマインドセット効果」と呼ばれています。

これはプラセボ効果よりも強力で、プラセボ効果が短期的に特定の効果のみをもたらすのに対し、
マインドセット効果の及ぶかには雪だるま式に増大し、威力を増しながら長期的な影響ももたらします。

まとめ

考え方を変えるだけで、人生がこれほどまでに好転するとは、かなり衝撃的です。
本書の中でも、マインドセット介入の問題は話がうますぎて信じ難いこと、と述べられています。

マインドセット効果以外の本書の内容はレジリエンスの高め方、ストレスに対する体の反応、ストレスが多い国ほど繁栄度も高い理由などがあります。

目から鱗が落ちるようなトピックも多いです。

ぜひご一読あれ。

【書評・要約】『スマホ脳』〜スマホに脳がハックされた〜

アンデシュ・ハンセン著『スマホ脳』をレビュー・要約します。
著者はスウェーデン出身の精神科医です。
スマホを含めたデジタルデバイスSNSの危険性、子供の成長に与える影響を論じた一冊になっています。

スマホ脳(新潮新書)

スマホ脳(新潮新書)

 

本書が全体を通して一貫しているのは
脳が現代の技術の進歩についていけていない
という視点です。

猿人が登場したのは約700万年前。
ホモサピエンスが登場したのはおよそ20万年前。
進化の万年単位で進むにもかかわらず、ここ20年でインターネットとスマホが急激に発達しました。

そして、SNSも登場しました。
SNSは我々の脳の機能である報酬系をハッキングして、
投稿に「いいね」がついていないかを常に気にさせます。

本書ではデジタルデバイスSNSが我々の生活に与える影響の大きさを論じています。
ここでは、スマホ依存になる理由、スマホによる集中力低下、子供への悪影響という点についてまとめます。

何故こんなにもスマホにハマるのか?

本書で重要なキーワードがドーパミンです。
ドーパミン報酬が期待される時に放出されます。
報酬が得られた時ではなく、期待される時、という点がポイントです。

狩猟採集民の暮らしを想像してみましょう。
彼らにとって、食糧の確保は死活問題です。
食料を確保するために、「あそこに食料があるかもしれない!」と思って行動する方が、食料を確保できる確率が上がります。
つまり、報酬が得られるかもしれないと期待して行動することで、実際に報酬が得られる確率が上がるのです。
これによって、生き延びて遺伝子を残すことができる可能性が高まります。

また、進化の過程で、人間は情報を渇望するようになりました
ライオンがいつ行動するか、危険人物は誰か、野ウサギはどこにいるか…
情報が多いほど、生き残り子孫を残せる確率が上がります。
ここで関わってくる脳内物質も、ドーパミンです。
新しいことを学んだときやもっと詳しく学びたいと思う時、ドーパミンが放出されるのです。

このドーパミンが関わる報酬システムが激しく作動するのは期待する時です。
「何かが起こるかも」という期待が報酬システムを駆り立てるのです。

それでは、現代のスマホSNSをみてみましょう。
SNSは「かもしれない」の宝庫です。
他人の投稿、自分の投稿につく「いいね」、メッセージ……
SNSはこれらを常に期待させます。
「大事かもしれない」ことに強い欲求を感じて、「ちょっと見てみるだけ」とスマホを手に取るのです。

Facebookやインスタグラムは、誰かが自分の投稿にいいねをした時、すぐに我々の元に届けないことがあるそうです。
報酬システムが最高潮に煽られる瞬間を待っているのです。
刺激を分散することで、ご褒美への期待値を最大限にしています。
このような企業の多くは行動科学や脳科学の専門家を雇っています。
依存性を最大化するためです。

スマホが集中力を低下させる

まず前提として、ごく一部の例外を除き人間はマルチタスクが苦手です。

複数のことを同時にこなしているつもりでも、実際は集中の対象を切り替えているだけです。
切り替えには時間が必要で、さらに、再び元の作業に100%集中するためには何分もかかります。
また、マルチタスクを頻繁に行う人は、瑣末な情報をより分けて無視するのが苦手になります。

それにもかかわらず、人間の脳はマルチタスクをするとドーパミンが出て気持ちが良くなります。
これは私たちの祖先が、この世のあらゆる刺激に迅速に対応できるように、警戒態勢を整えておく必要があったためです。
集中を分散させることで、現れる様々な危険に素早く対応する必要があったために起こった脳の進化です。

筋トレと同じように、マルチタスクを続けると得意になるのでは?と考えた方がいるかもしれません。
ですが、普通の人の脳はその逆になります。
マルチタスクを続けると、さらに注意力が散漫になるのです。
スマホが誕生してから「ながら作業」が増え、注意力がどんどん低下しているのです。

それでは、スマホをサイレントモードにしてポケット入れておけば、解決するのでしょうか?
残念なことに、そんなことはありません。
大学生500人の記憶力と集中力を調査すると、スマホを教室の外に置いた学生の方が、サイレントモードにしてポケットにしまった学生よりも良い結果が出たそうです。
ポケットに入っているだけで、集中力が阻害されるのです。
類似の現象が他の複数の実験でもみられています。

バカになっていく子供たち

本書の第7章のタイトルが「バカになっていく子供たち」です。
強烈なタイトルです。
スマホによって、子供たちにどのような影響が出ているのでしょうか?

パズル遊びを例に取ると、小児は本物のパズルをすることで指の運動能力を鍛え、形や材質の感覚を身につけます。
そういった効果はiPadでは失われてしまいます。

また、複数の調査で、よくスマホを使う人の方が衝動的になりやすく、報酬を先延ばしにするのが下手になります。
報酬を先延ばしにできなければ、上達に時間がかかるようなこと(楽器など)を学べなくなります

このほかにも、スマホが普及した2011年以降に睡眠障害や精神不調が増加しています。

スティーブ・ジョブズは子供がデジタル機器を使う時間を制限していたそうです。
様々な研究成果が出る前から、ジョブズスマホの危険性を十分認識していたようです。

まとめ

スマホSNSの過度な使用に警鐘を鳴らす一冊です。
本当にスマホの影響なのか、という点についても慎重に議論を進めています。
著者の真摯な姿勢が窺えます。

学校でタブレットを配布する施策が進んでいますが、デジタル機器の使用について再考する必要があると感じました。
現代でデジタル機器に関わらない人はいないので、幅広い人に読んでいただきたい一冊です。

ぜひご一読ください!

【書評】『世界のエリートが学んでいるMBAマーケティング必読書50冊を一冊にまとめてみた』〜マーケティング入門に最適!〜

永井孝尚著『世界のエリートが学んでいるMBAマーケティング必読書50冊を一冊にまとめてみた』をレビューします。 

本書はタイトルの通り、マーケティングに関する本50冊分の要約を1冊の本にまとめたものとなります。
本書は2020年11月発売で、比較的新しいマーケティング本の紹介もあります。

本書は世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみたの続編になります。
しかし、読んでいなくても全く問題ありません。

マーケティングの世界を知りたい人や入門者だけでなく、中級以上の人にとっても面白い読み物だと思います。

1冊分の要約を読むために必要な時間は5分ちょっとです。
Kindle Unlimitedで読めるため、契約中の方は目次を読んで興味のある本の紹介部分だけ読む、という使い方もおすすめです。

馴染み深い企業(IBM、スタバ、サブウェイ、ニトリ大戸屋など)の例が豊富で、イメージしやすいのも本書の良い点です。

マーケティングはアートやセンスではなく、統計・確率やデータサイエンスなど、理系的素養の重要度が日に日に高まっています。
理系の研究者にとっても気付きとなるポイントは多いと思います。

本書はマーケティングを深く勉強したくなるだけでなく、日常の買い物の着眼点を変えてくれる一冊です。

ぜひご一読あれ。

【書評・要約】『明日の幸せを科学する』〜あなたが想像した未来が訪れないワケ〜

ハーバード大学社会心理学を教えるダニエル・ギルバート教授の著書『明日の幸せを科学する』をレビュー・要約します。 

明日の幸せを科学する

明日の幸せを科学する

 

本書はタイトルこそ怪しげですが、内容は社会心理学です。
将来の自分がどれくらい幸せかを予測するとき、大抵の場合なぜそれが外れてしまうのか。
その謎を解き明かそうとするのが、この一冊です。

残念ながら、幸せになるための具体的な方法が書かれているわけではありません。
人間の脳が未来を想像したり、選択したりする仕組みと精度を、科学で説明した一冊になります。

それでは、ここから本書の内容を簡単に要約したいと思います。

目次

人間が予想する理由

人間の思考のうち、12%が未来に関する思考だと言われています。
そもそも何故、人間は未来を予想するのでしょうか?
未来について考えることは楽しい、或いは、好ましくない未来を防ぐ、ということは理解しやすいです。
実は、もう一つ理由があり、それが最大の理由です。それは、

「これから味わう経験をコントロールするため」

です。
コントロールすること自体が心地いいのです。
コントロールするということは、力を発揮できるということです。

ここで、驚きの実験結果を紹介します。
その実験はある老人ホームで行われました。
学生ボランティアを募り、入所者を定期訪問させました。
老人ホームの入所者を、ボランティアが来る日にちを滞在時間を指定できるグループと指定できないグループの二つに分けました。
2ヶ月後、日にちと滞在時間を指定したグループの方が幸せで、健康で、活動的で、薬の服用量が少なかったそうです。
しかし、悲劇はこの数ヶ月後に起きました。
日にちと滞在時間を指定できたグループの入居者の死亡数が極端に多くなったのです。
コントロールすることで良い効果を得ていた入居者は、実験が終わった途端にそのコントロールを奪われることになってしまったのです。
コントロールを得ることは健康や幸福にプラスに働きます。
しかし、無くすと、はじめから持っていないより深刻な事態を招きうるのです。

我々は頻繁に未来を予測しているにもかかわらず、何が未来の自分を幸せにしてくれるか、見分けることは困難です。
この原因はどこにあるのでしょうか?

未来の予想が外れる理由

脳は実在主義

未来の予測が失敗する一つ目の原因は、脳が勝手に穴埋めや放置をしてしまう事です。
例えば、「車を想像してください」と言われた時、プレートのナンバーまで想像する人は少ないでしょう。そして、車種や色などは勝手に作り上げたのではないでしょうか。

未来に関する出来事を想像するときも同様で、人は未来の自分の反応を予測するとき、脳が勝手に穴埋めや放置を行なってしまいます。
想像しなかった未来の出来事は起こらないものとして扱う、という傾向もあります。

脳が手際良く穴埋めや放置を行うため、我々はその事実に気がつきません。
だからこそ、脳が作り出したものをそのまま受け取り、想像した部分はその通りの未来が展開し、想像しなかった部分については起こらないと考えてしまいます。

これが、未来の予想が外れる一つ目の原因です。

脳は現実主義

二つ目の原因は、現在を基準として未来を想像する事です。
未来の自分の感情を予想するとき、我々は今の気分に左右されてしまうのです。自分が今と違う考えや望み、感情を抱く予想ができません。

これは、脳が想像する時、目や耳で感知できるものを思い描く場合に、感覚領という領域を利用するためです。
想像の中で出来事をシミュレートして、自分がそれにどう反応するかを確かめて予想します。これを予感応と言います。
この予感応は限界があり、脳は基本的に現在の出来事に反応するため、今の感情と予想する感情がごちゃ混ぜになってしまうのです。
天気がいい、悪い、といった些細なことにさえ左右されます。
脳が現在の出来事に反応するおかげで、明日も今日と同じように感じるだろうと、誤った結論を出してしまいます

脳は合理主義

三つ目の原因は、脳が都合よく忘れたり、事実を解釈することです。

悲惨な出来事が起こった時、それは確かに私たちに影響を及ぼしますが、その影響は長く続かないし、それほど大きくもないのです
これは著者が心理的免疫システム」と呼んでいる機構によって起こります。
大きな苦痛に対面した時、我々は明るい見方を探すのです。
また、自分が何かを信じたい場合、その証拠を積極的に探すようになります。
このように、無意識に都合の良い見方をしてしまうのです。

人間は長い目で見れば、したことよりもしなかったことを強烈に後悔します。
これは心理的免疫システムにとって、行動しなかったことを信頼できる明るい見方をすることが困難だからです。

逆に、ひどい失敗には心理的免疫システムが働きますが、ちょっとしたミスの方が明るい見方をできないことがあります。

例として、写真をプレゼントする実験が挙げられています。
大学生に特別な人や場所の写真を撮影させます。
それを現像させて、特にお気に入りの2枚を選択させます。
一枚は持ち帰っていいですが、もう一枚は提出することを求めます。
ここからが実験です。
数日以内なら写真を変更できるグループと、いったん選んだら変更できないグループに分けます。
写真を選んだ後、どちらの満足度が高かったでしょうか?
答えは変更できないグループです。
変更できないグループは心理的免疫システムが働いたため、明るい見方ができたようです。
自由度の低い方が満足度が高い、という意外な実験結果が出たのです。

予測が難しいのは未来の出来事を想像するのが難しく、そのうえ、自分の感情を想像するのも難しいためなのです。

正しい予測をするには?

未来の予測が難しいことは分かりましたが、正しい予測をするにはどうすればいいのでしょうか?

著者のアドバイス「いま経験している人の話を聞け」です。
現在それを行なっている人の現状や感情ならば、予測ではありません。
経験中の人のアドバイスを聞くことが、最も失敗しない未来予想になるのです。

しかし、筆者はそれが困難であることも述べています。

あなたは見知らぬ人のアドバイスを素直に聞くことができますか?
アドバイスを無視して失敗した経験がある人も少なくないでしょう。

それは、私たちがアドバイスを素直に聞けないのは「自分が特別である」と考えてしまうからです。
自分自身を内側から知っているのは自分だけですし、自分を特別だと考えるのは楽しいです。そして、我々はあらゆる人の独自性を過大に見積もる傾向があります。

自分を特別視しないことが、アドバイスを受け止める方法で、そうすることで未来を正しく予想することができるのです。

まとめ

本書では、人間がなぜ積極的に未来予測をするのか、それがなぜ外れるのか、正しい予測をするにはどうしたらいいか、といったことが解説されています。
例示も豊富で、親しみやすい文体で書かれているので、読みやすい一冊です。
(海外の本にありがちな、突然出てくるジョンとマイケルの例え話が苦手な人には冗長に感じるかもしれません)

タイトルから受ける怪しげな印象とは異なり、科学的に面白い一冊です。
ぜひご一読あれ。